【日本の妖怪】土蜘蛛(つちぐも)それは国家に抗った異形の「神」か「魔物」か

古の日本において、天皇の威光に屈せず、山野に潜み続けた者たちがいました。
彼らは「土蜘蛛」と呼ばれ、歴史の表舞台から追放された先住民であったと伝えられています。
しかし、彼らの不屈の精神と怨念は、時を経て巨大な蜘蛛の姿をした怪物へと変貌し、夜の闇から都を脅かす恐怖の象徴となりました。単なる化け物ではなく、滅ぼされた民の悲しき魂が形を成した姿、それが土蜘蛛の正体ともいわれています。

葛飾北斎 そのゆき 松王物語

名前:土蜘蛛

  • 読み:つちぐも
  • 別名・個別の呼称:山蜘蛛(やまぐも)、八束脛(やつかはぎ)、葛城山の怪、身短くして手足長き者

生息地(地方)

大和国(現在の奈良県)葛城山、および京の都の北辺、一条通周辺の廃屋

怨念の化身・土蜘蛛の由来と正体

歌川国芳 「源頼光 四天王 土蜘蛛退治之図」

土蜘蛛の起源は、古代日本における政治的な対立にあるようです。『古事記』や『日本書紀』において、大和朝廷に従わない地方の有力者や先住民を「土蜘蛛」と呼び、異質な存在として記したのが始まりとされています。彼らは穴居生活を送り、独自の文化を守り抜こうとしたようですが、朝廷軍によって葛城山などに封じ込められたと伝えられています。

この史実が中世の軍記物語『太平記』や謡曲『土蜘蛛』へと流れ込む中で、彼らは超常的な力を持つ魔物へと昇華されたと考えられています。源頼光が熱病に苦しむ際、その隙を突いて現れた土蜘蛛は、口から千筋の白い糸を吐き出し、勇猛な武将を絡め取ろうとしました。膝丸(後の蜘蛛切)によって斬りつけられ、血を流しながら逃げ去ったその先には、巨大な蜘蛛の死骸と、腹の中から溢れ出した無数の死者の頭蓋骨があったといわれています。これは、踏みにじられた民の執念がいかに深いものであったかを物語っているかのようです。

多様な土蜘蛛の種類:姿かたちは一つではない

知略の僧侶

源頼光の枕元に現れた怪僧の姿。七尺を超える長身で、言葉巧みに近づき、病を悪化させる呪法を操る。

月岡芳年 「新形三十六怪撰 源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」

原始の異形「八束脛」

八束脛(やつかはぎ)は、古代日本で大和王権に服従しなかった地方の土豪(土蜘蛛)の呼称。すね(脛)が「八握り(約60cm〜80cm)」もあるほど長い「脛長(すねなが)」を意味し、異形の存在として恐れられています。神武天皇紀や『越後国風土記』逸文に登場し、強暴で山野の洞窟に潜む者とされていました。 

「武家繁昌」では、肌は浅黒く頭に長い角を2本生やし、赤い毛を逆立てている。目玉は丸く、口は横に裂け、牙が覗いている。腕は6本生えており、その1つで剣をつかんでいる。毛皮の腰巻きを身につけている姿が描かれています。

「武家繁昌」 製作者不明

巨大な蜘蛛の王

巨大な蜘蛛の王:葛城山の奥深くに鎮座する、全身に硬い毛が生え揃った怪物。
数多の小蜘蛛を従え、霧を操って人間を惑わします。

「土螲蟷草子」 製作者不明

浮世絵・絵画に描かれた土蜘蛛

土蜘蛛は、江戸から明治にかけて多くの絵師たちの想像力を刺激し続けてきた。鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』において、その怪異としての風貌を鮮烈に描き出し、後世の妖怪イメージを定着させる重要な役割を果たしている。

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鳥山石燕 『今昔画図続百鬼』

画聖・葛飾北斎もまた、読本『和漢絵本魁』の中でこの土蜘蛛を描き出している。北斎の筆致は凄まじく、画面を斜めに断ち切るように配置された巨大な蜘蛛の脚と、それに抗う源頼光の家臣たちの躍動感は、見る者を圧倒する。北斎は解剖学的な観察眼をもって、蜘蛛の毛の一本一本までを神経質に描写しており、それが怪異に実在感を与えているといえる。

葛飾北斎 『和漢絵本魁』

歌川国芳の『源頼光公館土蜘蛛作妖怪図』は、土蜘蛛を描いた作品の中で最も知名度が高い。背後に巨大な蜘蛛の意匠を配し、その足元で頼光が苦悶する姿は、当時の権力構造を皮肉ったものと推測されている。蜘蛛の糸が網目のように画面を覆う構成は、観る者に逃げ場のない圧迫感を与える。

歌川国芳 『源頼光公館土蜘蛛作妖怪図』

歌川国芳が「一勇齋」の号で描いた『源頼光の四天王土蜘蛛退治』は、画面を斜めに横切る巨大な土蜘蛛の脚と、それに果敢に立ち向かう四天王たちの姿が、圧倒的なダイナミズムをもって構成されているようです。国芳は、土蜘蛛を単なる巨大な虫としてではなく、画面全体を支配する巨大な構造物のように配置することで、人間側との圧倒的な体格差を強調しているように見受けられます。

一勇斎国芳(歌川国芳) 『源頼光公館土蜘蛛作妖怪図』

土蜘蛛を描く際、皆さんはこの妖怪の「怪物」としての側面に注目しますか、それとも「まつろわぬ民」としての悲哀に注目しますか。私は、単に恐ろしい化け物を描くよりも、かつて大和の山々に生きた先住の人々の情念が、蜘蛛の姿を借りて現代にまで這い出してきたような演出が面白いと考えています。

例えば、蜘蛛の腹から溢れ出したという無数の首を、単なるグロテスクな描写としてではなく、歴史の闇に葬られた同胞たちの無念を背負っているような、どこか崇高で重苦しい構図にしてみるのはいかがでしょうか。糸の白さも、獲物を捕らえる罠としてだけでなく、敵意と悲しみが複雑に絡み合った感情の網として表現してみると、キャラクターに深みが増す気がしています。背景には、彼らがかつて愛し、そして追い落とされた葛城山の冷たく湿った岩肌を描き込み、そこから立ち込める深い霧が「敗者の怨念」を象徴するような、そんな物語を感じさせる一枚を目指してみたくなります。


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